古甕の中の新たな生命
上質の酢を作るには時間と環境の二つの条件が必要だ。小麦若葉の発芽期に合わせて米を蒸す時期が決まり、そこに温度や湿度の条件が加わって酢酸菌の発酵が左右される。古法に則った醸造は常にお天道様を拝むことになると、高奇平はずらりと並んだ甕を指差して笑う。「醸造には8ヵ月かかるし、甕の数はこれだけです。これより速く、多くといっても無理なのです」
ここに並ぶ甕にはそれぞれ異なる「年齢」と「能力」があり、それらを把握しているのは甕を毎日見てまわる高奇平だ。「長く使ってきた甕は、陶器の細かな穴に多種の菌がいて、発酵の各段階で異なる働きをします。速度を進めるものもあれば、遅らせるものもあって、それらをどう使い分けるかは経験がものを言います」
壁の隅にある、いくつかの甕を指差し、「清末に先祖が中国大陸から運んできた古い甕です」と教えてくれた。今でも使っており、中の酢は30年以上たつものなので、売らずに家族用にしている。口に入れると甘く豊かな味が広がる。
工場を新荘から樹林に移した際に新たな甕を買い足し、使ってみると、古い甕で作った酢とは明らかに味が異なった。そこで2年かけて甕を「育てる」ことにした。「五印醋」伝統の深みあるまろやかな味を出すためで、中国茶の急須が長年使って良い味が出るのと同じことだ。
古法に則った醸造法は最も難しい。温度や湿度の変化だけでなく地震にも弱い。軽く揺れただけで表面に浮いている菌の膜が破れて甕の底に沈み、発酵に大きな影響を与えるのだ。
1999年の台湾大地震の際には、醸造中の甕が壊れたり、肉眼で見えないような亀裂が甕の底に入って酢がにじみ出し、コンクリートの床が腐食したりした。それ以来、古い甕の下には受け皿を敷くようにしている。
清の末期に大陸から海を渡ってきた古い甕が今も使われており、30年物の熟成酢が寝かされている。(上と右/高奇平提供)