渓流の魚の保護と観光推進
だが、優れた農産物があるだけでは復活の力には足らず、観光推進が不可欠である。山間地で資源利用に制約がある坪林は、どうやって観光客を惹きつけるのであろう。
「私どもの資源は二筋の渓流だけです」と花雲雄は言う。北勢渓と支流の金瓜寮渓が坪林全体を貫いていて、昔から住民は魚やエビを捕り生活用水に利用してきた。1999年から坪林役場は立入制限の資源保護を開始していた。渓流に魚群が姿を見せれば水質に問題がなく、水源の保護がうまくいっていることを証明できるからである。雪山トンネルが開通してから、地域では何回も会合を重ね、魚資源保護の認識を共有してきた。もともと釣り好きの住民が保護チームを結成し、自転車で巡回するようになった。釣り人の心理を心得え、土地に詳しい彼らの巡回は成果を挙げた。
地域住民が自発的に清掃チームを組んで、定期的に巡回清掃も行ったため、坪林の岸辺10数キロには奇跡的にほとんどゴミがなくなった。
「水面に銀鱗が閃くところに苦花魚(コイ科の台湾固有種)が水苔を食べています」と花雲雄は言う。苦花魚は清流に住む魚で、汚染には弱く水質指標生物となる。岸辺に足を止めると、碧の渓流に山が映え、底まで透き通る水に目を凝らすと、魚群が泳ぎまわっていて、陽光が差し込むと銀の魚がさざめき、実に美しい。
両岸には水辺の遊歩道が設置され、水面から距離はややあるが、それでも魚群が見られる。台北市立動物園の研究チームが調査したところ、1平方メートル当りの魚群の個体数は50尾以上で、魚資源の保護に成果が上がっている。
立入制限による保護の効果は坪林全体に及び、晩春から初夏の夕暮れには茶畑や遊歩道にホタルが点々と飛び交うのが見られ、魚群が戻ってくると、水鳥も再び集まるようになった。本来豊かな植生が見られる土地のことで、エコツーリズムの条件を備えることになった。
低炭素地域の確立
エコツーリズムの導入には、地元住民の協力が欠かせないが、坪林の成功には三つの重要な要素があった。
まず水源特定区として開発が制限されていたため、エコツーリズムの条件を備えていて、しかも開発制限のためそれ以外に選択肢がなく、住民の積極的な協力が得られた点である。次いで、坪林では人口の8割以上をお茶農家が占めるが、茶葉の品質は環境に左右されるので、環境保護が産業保護に繋がったことがある。最後に、産業流出による危機感が高まり、住民が一致団結して共通の目標に努力できたことであろう。
北宜高速道路の開通で中継地としての優位性はなくなったが、台北との距離が縮まり、都市部から30分の距離で坪林ほどの自然環境を備えた場所はまずないのである。
「清潔で静か、そして台北に近いというのが利点です」と花雲雄は笑う。茶葉栽培はそもそもお天気次第なので、お茶農家の人々は天命に順応する人生観を持ち、数多くの危機を正面から受け止めて転機とすることに長けている。
静かできれいな環境という利点をさらに深化させようと、地域は自治体と協力して省エネ技術を取り入れた低炭素地区の構築を目指している。
ここの廟宇では、太陽光発電や節電照明などの低炭素技術を取り入れ、紙銭を燃やして出る二酸化炭素を相殺する台湾最初の技術も取り入れた。また、茶葉農家が土地を提供して設置した環境にやさしい公衆トイレでは、自然換気と自然光を取り込み、太陽光発電とLED照明も設置して低炭素と省エネに力を尽くしている。
川岸には22キロに及ぶ自転車道が設置され、来訪者は坪林の新鮮な空気を吸い込んで、日頃の鬱屈した気を吐き出し、心身を浄化できる。
「お茶栽培は本来低炭素産業です」と、昔ながらの茶葉農家は低炭素コミュニティ推進を自慢にする。こういった行為が次第に生活に浸透し、飲食店は使い捨て食器を使わなくなり、LED照明に切り替えた。炭素排出量が減少すると、人の流れも変わり、以前よりも観光客が増えてきた。
雪山トンネル開通1年の2007年には、坪林を訪れる観光客数は3万3000人に過ぎなかったが、低炭素とエコロジーを組合せてから、去年の観光客数は23万人と7倍に跳ね上がった。坪林は中継地から目的地に変わったのである。2013年に金瓜寮の豊かな自然に魅せられた若者たちが古い民家を借り受けて坪林には数少ないペンション経営を開始し、手作り工房や体験コースも開設した。その食材はすべて地元産で、お客がいないときは付近の茶葉農家とお茶を入れて談笑し、地域に新しい活力を注ぎ込んでいる。
中継地ではなく目的地に
お茶の里坪林のイメージを強化しようと、今年から遊歩道や茶畑でお茶の花を見られるようになった。お茶の香り漂う緑の景色はまた美しい。
雪山トンネル開通の衝撃を乗り越え、新しい観光産業を生み出した坪林だが、まだ危機は終わっていない。「あと15年で文山包種茶は消えてしまいます」と花雲雄は言葉が重い。若者が流出して住民のほとんどが高齢者となり、若者が戻らなければ家々は空き家と化す。花雲雄は門が開いたままの平屋を指し、こういった空き家が増えると、包種茶も消えていくでしょう。
地域では大学や研究機関と協力し、製茶技術を伝承すると共に、観光に力を入れ、若者が故郷に戻ってくる原動力としたいと考えている。
坪林を歩くと、茶の香り漂うきれいな空気と水に、人々との触れ合いがあり、心身ともに癒されることだろう。