台湾にはさまざまなテーマのコワーキングスペースが少なくなく、メイカーズ工房も7~8軒ある。未来産房はコワーキングとメイカースペースの両者を兼ね備えた空間だ。楊育修によると、一般のコワーキングスペース利用者の多くは、ソフト開発に従事するグループや個人だが、メイカースペースの多くはハード開発者が利用する。台湾では未来産房が初めてで、ソフト・ハードの開発が一つの空間に集まるため、そこから新たな何かが生まれることが期待できる。
メイカーのスポーツジム
フランス出身の木工職人Romain Gadantは未来産房の木工台でランプシェードを造っている。妻がフランスの在台弁公処に勤務することになったため台湾に来て4年になり、未来産房で木工機具が使えると聞いて利用することにした。フランスでは学校以外にこうした空間はないと言う。
別の作業台では大同大学工業デザイン学科3年生の黄一軒がストロービーズでリモコンカーを造っている。さまざまな人材が集まるここは、学生たちの夢が生まれる場だと言う。
楊育修は、未来産房のコンセプトはスポーツジムのそれに似ていると言う。空間に各種の機具や設備があり、好きなように使うことができる。どう使い、何を造るかは自由である。
機具の使い方がわからない人は指導も受けられる。木工や金属加工など、それぞれ専門の「工場長」がいて、機具の使用方法が学べるだけでなく、さまざまな入門課程も設けている。
未来産房のコミュニケーション・ディレクターを務める董暁梅によると、ここは会員制を採っており、大同大学デザイン学科の学生500人は会費無料、学外の個人会員は月3000元を支払う。上のフロアには出入りを厳しく管理するコワーキングスペースがあり、こちらは月4000元だ。
学校の実習工場の運営を外部に委託して学外からも会員を募集することについて、最初は学生たちから反対の声も上がったが、未来産房としての経営が始まってから使用率は大幅に上昇した。董暁梅によると、彼らが運営する前は実習工場の一年の使用者はのべ800人に満たなかったが、彼らが引き受けてからはすぐに1700人に増え、今は月に6000人が使用している。「キャンパスに台湾最大のシェア工房があるというのが大同大学の魅力の一つになっているほどです」
しかし、未来産房の発展の速度は創設者が当初考えたほどではない。「これはエネルギー蓄積に必要な過程です」と楊育修は言う。
モノづくり
楊育修が理想とするのはアメリカのメイカースペース「テックショップ」だ。2006年に設立され、5年の蓄積を経て、シリコンバレー、サンノゼ、サンフランシスコ、デトロイト、アリゾナなどに展開し、今年末には全米12カ所に拡大する予定である。「最初はあまり期待されていませんでした。アメリカではどの家にもガレージがあり、空間は足りているからです。それが今では500坪の空間に1000人の会員がいます」と言う。
台湾では、まだメイカー(maker)の概念が普及していない。楊育修によると、メイカーという概念が登場したのは2006年だ。人間にはもともとモノをつくる本能があるのだが、市場で何でも手に入る時代、人々は自分でモノをつくることが少なくなっていた。
では、今どのようなメイカーが求められているのだろう。「makeというのは広い概念です」と楊育修は言う。例えば、未来産房開設前の設計の一般公募に大きな反響があったのは良い例だと言う。未来産房を設立するに当り、空間設計をネットで募集したところ65人から応募があり、しかもその多くが設計専攻ではなく、作家やダンサー、公務員、主婦などだった。彼らから300以上のアイディアが寄せられ、最終的に15の設計を選んで業者に内装を発注した。「多くの人がさまざまな考えやアイディアを持っているのですが、それが頭の中の段階にとどまっていて、実践する機会がないのだと実感しました」と言う。
夢を実践する場
コワーキングスペースでは資源の統合が可能となる。空間と設備と技術を提供し、何かを作りたいと思う人が夢を実践できる。
人々は学校を卒業すると、何かモノづくりがしたいと思っても設備に触れられる機会は少ない。大企業に就職すれば、興味のある事業であっても得意分野の能力を発揮できるとは限らない。
「多くの創意あるモノがメイカーのコワーキングスペースから生まれています」専門に学んだ人は技術面に縛られることが多いが、専門として学んでいない人の方が限界を超えて自由に発想することが多い。「自分の考えを持ち、解決すべき問題を持っている人は、関連する技術を学んで技術の限界を突破しようとするのです」
楊育修は未来産房の会員を例に挙げる。昨年9月、ある会員がレーザーカットを学びに来て、技術を習得すると、フエルトをカットしてコースターを製作し、販売し始めた。そしてわずか6カ月後にはこの成功から起業し、20万元のレーザーカッターを自分で購入して生産を開始した。
サンフランシスコでも、ある主婦がコワーキングスペースで3Dプリントをマスターし、靴のインソールの制作を思いつき、注文を受けて、お客の足にぴったりのソールを作るようになった。
楊育修自身もメイカーの実践者である。台湾デザインセンターに10年勤務し、そのうち5年はサンフランシスコに赴任していたが、アメリカでメイカーズ・ムーブメントを目の当たりにした彼はドキュメンタリーフィルムを2本制作した。一つはデザイン・シンキング、もう一つはメイカーの概念をテーマとしている。
「フィルム制作の予算申請は台湾デザインセンターでは認められず、クラウドファンディングで目標を達成しました。2本のフィルムで、一つは1万8000米ドル、もう一つは3万2000米ドル集まり、完成後は世界各地でそれぞれ800回と300回の上映をしています」と言う。
草の根の自発的運動
「起業はメイカーの一部分のことです」と楊育修は言う。多くの人はモノづくりを楽しむだけで、本当に起業の道に進む人は非常に少ない。未来産房の仕事は、メイカーの母数を増やし、それによって起業者数を増やすことにある。
林祐澂によると、メイカーの育成には幾つもの過程があり、一つでも欠けるとエネルギーの発揮は難しくなるという。第一は「教育」だ。
「最初の教育がなければ、後の起業は生まれません」と話すのは董暁梅だ。この一年、さまざまな機関が未来産房を視察に訪れており、早く成果が上がることを期待している。「皆さんが起業という成果を期待するのは分かりますが、木を植える人がいなければ果実は実りません」と言う。
「文化と教育が変わらないうちは、イノベーションや起業はまだまだだと思います」と林祐澂も言う。まずイノベーションと起業のための環境を作り、少しずつメイカーを増やしていき、彼らに十分なリソースをあたえていくことで、ようやくいつか理想が実現すると考えている。
創設一年、未来産房は教育に全力を注ぎ、さまざまな基礎課程や体験活動を行なってきた。労働部の陳雄文・部長(労働相)や、品質優良協会のメンバーなども木工や3Dプリントのカリキュラムに参加したそうだ。
林祐澂によると、最近の海外のクラウドファンディングサイトを見ると、多くがメイカースペースで作られた製品だという。アメリカのテックショップでは、毎週3~5のプランがクラウドファンディングで資金を募集しているという。
環境が整うのを待つ
「私たちは、まず教育から着手してメイカーを育てています。今年はいろいろと面白いプランを始めると同時に、海外からもチームを招き、国境を越えた協力を進めていきます」と話す林祐澂は、一番速い方法は世界との結びつきを強めることだと考えている。「海外のメイカーを台湾に招き、台湾の能力を活用してもらうことで、協力関係が生まれます」と言う
林祐澂によると、アメリカのメイカースペースは、どのようにメイカーの起業をサポートするかを考えているという。モノを作り出し、それを商品化していくということだ。
「その商品化という段階は、台湾で行うのに適しています」と林祐澂は言う。台湾には、ハード、ソフト、工業デザインなどの巨大なグループがあり、外国のメイカーが台湾に来て製品を生産すれば、互いに利益を上げることができる。
だが楊育修は、メイカーというのは一種の自発的な草の根運動だと考えている。全体の環境が整っていけば自然に発生してくるもので、政策的に無理に結果を急いでも、うまくいくとは限らないという考えだ。
現在、公的機関や大企業が運営するインキュベーションセンターでは、まずメンバーとなるための資格審査がある。そのプランで利益が出るのか、量産は可能か、という審査である。「これらはすべて、メイカーというコンセプトや精神とは相容れないものです」と楊育修は言う。
「未来産房では何を作っても構わないし、それが1個でも、半分でも構わないのです」と言う。自由こそが創意を生み出す最も重要な環境条件であり、未来産房にとって最も大切なのは、その自由な雰囲気なのである。
5月末に華山文創園区で開催されたメイカー・カーニバルでは未来産房が注目された。
未来産房を創設した林祐澂(右)と楊育修(左)は多くのメイカーを育てたいと考えている。
3Dプリンターで作るビスケット(上)と、字を書くロボット(下)。メイカーの想像空間は無限に広がる。
3Dプリンターで作るビスケット(上)と、字を書くロボット(下)。メイカーの想像空間は無限に広がる。
フランスから来た木工職人のRomain Gadantは、未来産房で精巧なランプシェードを作っている。