かつて撮られることのなかった写真をどう考えればいいのだろう。また写真と記憶との関係はどうとらえるべきなのだろうか。写真は過去の記憶の「証拠」なのだろうか。
写真を論ずる時、それは常に過去のある時点や瞬間に関わるものであり、写真は過去を再現するものであるかのように語られる。しかし、忘れられない瞬間の多くは記憶の中だけにとどまっており、写真も記録も残されていないものだ。こうした、再現されないが忘れがたい思い出こそ、陳敬宝が取り組むテーマである。
陳敬宝が再現されない記憶に関心を寄せ始めたのは、ニューヨーク留学中にマルグリット‧デュラスの小説『愛人 ラマン』を読んだことがきっかけだった。その中にこんな言葉があった。「誰が思っただろう。誰が知っていただろう。その瞬間が私の後の人生にあれほど重大な影響をおよぼすことを。だから誰も写真を撮ることなど思いもつかなかった。神を除いて」。この「撮らなかった写真」に関する言葉が彼の人生経験と深く結びつき、ここから関連する制作計画へと発展していったのである。