生活実験所での「実験」生活
台北市の住宅街、温州街では、家々に木々が生い茂り、鳥たちがせわしなく鳴いていた。木陰で涼む老人たち、買い物籠を提げたおばあさん、自転車のベルを鳴らして通り過ぎる学生など、生活感にあふれている。そんな一角に、Living Lab生活実験所はあった。
前身は台湾大学教職員宿舎だったが、長い年月荒れるがままだったのを、邱柏文が借りて自宅として改造し、子供たちとともに過ごす貴重な10年間の生活空間にした。
平屋の日本家屋は庭の木々に囲まれ、一目見て心地よいと感じる。屋内に入ると6メートル続く人造大理石の壁がひんやりと涼しく、自然光を反射するので日本家屋にありがちな採光不足も補っている。またこの壁が、居住空間(母屋)と、公共スペースであるリビングとキッチン(50年代に増築)を隔てる役割を果たす。
全体的に設計し直されたという感じではなく、古い質感をできるだけ残し、新旧混じり合う空間になっている。例えばヒノキの窓枠を残すために高齢の職人に工法を習ったという。また古い梁や柱で味わいのあるものは赤みをかけて塗り直しただけだ。台南の実家から運んできた祖母の戸棚もリビングに置かれている。まるで家のあちこちで新たなものと古いものがひそひそ話を交わしているような感じ、それが彼の「時」の扱い方だ。
「材料の約70%はリサイクルです」浴室の天窓は中古車の天窓を改造、リビングの床には花蓮で廃棄されていた大理石を台湾伝統の工法でよみがえらせた。浴室は新しく作り直すか思案したが、ある日現場に行くと屋根の取り除かれた浴室に陽が降り注ぎ、浴槽の古い丸石タイルがとても美しかった。「手を加えなくても自然光を導き入れれば最も美しいものが見えてきます」空間の「時」と大切に向き合い、新たな物語を生む。「お金をかけたものが美しい設計なのではなく、新たなものと古いもの、そして創意を加えれば、本来のものが輝きます。それが設計で大切な点です」と邱柏文は言う。
自宅を「生活実験所」と名づけた邱柏文に、何を実験するのかと問うと、しばらく考えてから答えた。「この家をどうやって子供のニーズに合わせるか、そして子供の成長や我々の成長とともに、いかにこの空間を成長させるか、という実験です。最も重要な試みは、古い建物とどう暮らしていくかですね」
古い梁からはテントが吊るせ、まるで室内キャンプさながらに寝られるし、外壁に取り付けられた梯子を上れば屋根の上で星が眺められる。前後の庭は自然とふれ合う空間で、蜂やコオロギを飼うのも自由だ。屋内はぐるりと巡れるような動線になっており、かくれんぼにも最適だ。「この家は有機体です」使用者のニーズに合わせ、変化し続けるからだ。
「都市に住みながら我々は空や土地を恋しがる」これは邱柏文が書いた生活実験所の設計理念だ。地価の高い台北ではぜいたくな望みだが、邱柏文は実現した。取材当日は天気も良く、木漏れ日が浴槽のタイルの上で揺れ、往年を偲ばせる光景だった。屋根にも上らせてもらい、日本式の屋根瓦が整然と並ぶ美しさが鑑賞できた。高いビルに囲まれた平屋の屋根にいると、まるでここが観客に囲まれた舞台のようにも思えた。
もちろんロマンチックなことばかりではない。草木に囲まれた生活なので蚊や虫との共生を学ばなければならないし、雨漏りの問題もある。「数日前の大雨では家の中に滝ができましたよ」子供たちはタオルやバケツを持って走り回った。「それもよしです。生活に冒険があって、子供は対処法を学びます。それに雨漏りする家の物語や作文も書けるでしょう」
彼が最近手掛けた別のプロジェクトは、松山文創パークにある、台湾設計研究院が運営する「不只是図書館(図書館というだけでなく)」だ。
Living Lab生活実験所は古い家屋の質感を残しつつ、さまざまなスペースで新旧の対話が生まれるように考えられている。