臺博擁抱新住民──導覽聽‧說‧話台灣

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2016 / 7月

文‧鄧慧純 圖‧陳美玲


「把手機設定成自拍模式,放在樓梯數過來的第6塊大理石磚上,這樣可以讓臺博館的圓頂彩繪玻璃一起入鏡,大家圍成一個圓圈,湊近一點,就可以跟圓頂自拍。」身著紅色越南國服奧黛(Áo dài)的陳秀萍一邊示範,一邊用越南語解說,一群來自越南的朋友好奇的依著她的指示,與圓頂彩繪玻璃自拍。


這是國立臺灣博物館(簡稱臺博館)於2015年推出的新住民服務大使導覽,培訓東南亞新住民為服務大使提供母語導覽服務。

化被動為主動

「來台十多年了,看到臺博館招募新住民服務大使的訊息,才第一次踏入臺博館。」四、五位新住民服務大使異口同聲的表示。

台北市二二八和平公園周末假日是許多新住民聚會的場所,他們在草坪上或坐或臥的野餐,或借用音樂台辦活動,但是館方觀察他們鮮少會走進位在公園內的臺博館。經館員粗略的田野調查發現,多數的新住民對於「博物館」只敢遠觀而不敢親近,臺博館恢宏的建築,反而形成距離感,以為博物館只服務本國國民,而不屬於新住民或移工。

如何能讓已成為台灣第四大族群的新移民及移工願意踏進臺博館來,成了館長陳濟民實踐博物館社會責任的下一步。

2014年,臺博館策劃的「伊斯蘭:文化與生活特展」,頗受好評。許多在台的印尼留學生參觀,還有雇主帶著家裡的印尼籍看護來看展。展場布置了一個禮拜堂,很多穆斯林朋友詢問館員可不可以在這邊敬拜,獲得允可後,大家帶著拜毯就地禮拜。「從他們的神情、交談可以看出,他們很高興台灣試圖用各種方式想了解他們的文化。」副館長林華慶說。

而館方也藉機招募有興趣成為新住民服務大使的志工,印尼籍的施鷺音就是當時的一員。

認識台灣的窗口

創立於1908年的臺博館是台灣現代知識的啟蒙地,典藏台灣豐富的生物標本與人文器物。生物多樣性和人文多樣性是臺博館重要的核心價值。

館長陳濟民定位臺博館為台灣人認識自己、國際友人認識台灣的代表性博物館,對於人數已近百萬的東南亞朋友,「臺博館更應該是新住民與移工認識台灣的窗口。」陳濟民說。

副館長林華慶闡述,台灣從日據時代後,出現幾次大規模的移民,包括1949年國民政府遷台,及近20年來透過婚配與工作移入的新移民。「我們都正經歷這段歷史,而作為一個關注文化多樣性的博物館,新住民文化對台灣文化的衝擊,更是我們應該關注的。」

因此,臺博館開始透過各種管道招募新住民導覽服務的志工。第一期於2014年底開始招募,經過2~3個月的培訓期後,2015年6月共有印尼、越南、緬甸、菲律賓四個國籍,共10位新住民服務大使上線提供導覽服務。

建立與東南亞的連結

成為新住民服務大使的首要條件需具備中文基本的聽、說、讀能力,「因為培訓的過程和參考資料都是中文,要有很好的理解程度才能夠讀懂文章,這是最基本的條件。」臺博館新住民導覽計畫負責人袁緒文說。

培訓中的新住民服務大使需先聆聽資深的導覽老師講述博物館的歷史、建築特色及常設展的內容。臺博館仿自古希臘神廟式的外觀,但內部的卻用了台灣在地的水果如香蕉、葡萄、鳳梨等做裝飾,讓姐妹們印象深刻。她們亦需見習多位志工的導覽,藉由不斷的聆聽,加深記憶與印象。不同的導覽模式,如手勢與圖片道具,也是她們觀摩的重點。

導覽內容的正確性是館方最重視的,碰到專有名詞,更會主動回溯英文用字,再比對母語中接近的辭彙,如台灣原住民住的高腳屋(干欄式建築),姐妹們乍聽之下以為是用橄欖做的建築,再三釐清,才發現是英文的stilt house,越南稱nhà rông,印尼文為rumah panggung。

接續上場的是導覽演練,新住民姐妹需先以中文講述,經歷2~3次的練習,再由她們以母語相互演練。

館方也常安排姐妹們見習中文志工的導覽,袁緒文說:「新住民姐妹們非常認真,在導覽結束後,會一擁而上把志工團團圍住,丟出許多問題,常讓志工們幾乎招架不住。」

2016年6月,臺博館新住民服務大使第二期的培訓課程正式開始。開課前,袁緒文諄諄跟這群服務大使說:「希望大家能夠找到一些台灣文化跟越南、印尼、泰國、菲律賓的關聯,比如說臺博館興建時,你的家鄉正好發生了什麼事。跟家鄉的連結非常重要,因為你們的文化也很重要。」

所以導覽中,越南的姐妹展示胡志明市博物館的照片跟臺博館的外型做比對;印尼的姐妹跟同胞分享臺博館大廳一樓原初的黑白相間的棋盤式地板與峇里島的神殿如出一轍。

此外,臺博館更開博物館先例,印製了印尼文、越南文的簡介摺頁,都是服務大使貢獻專長,協助翻譯的。

認真的姐妹最美麗

來自印尼的林達,曾在台灣學中文,隨後到英國取得碩士學位。回想起第一次的導覽,她感覺自己的聲音發抖,女兒觀察她幾乎要哭出來了。直到現在導覽的前一晚,林達都還要重新複習資料,個性認真的她深怕自己導覽的不足,導致遊客對臺博館的印象差了。

越南的黎于菲說,每堂培訓的課她都準時出席,帶著孩子一起參加,因為這不僅是自身的進修,更讓孩子看到媽媽努力學習的身影,是很好的身教,不知不覺,她已經愛上這份導覽的工作。

陳秀萍來台已經16年了,是3個小孩的媽,工作之餘,她利用周末在新北市永和區網溪國小擔任母語(越南語)教師,她不時請母語課的學生邀請媽媽在周末一起來參加導覽,除了做為母語課的實習外,也有助於孩子了解台灣文化,更希望能帶許多足不出戶的新住民媽媽出門來認識台灣。

印尼籍的施鷺音表示,在學生時代最不愛歷史課,參加了服務大使的課程後,意外的喜歡上歷史。

趙有學是第二期才加入的新成員,也是當中唯一的泰語導覽員,二十多年前來台依親,沒想到就愛上台灣不回去了。喜歡文化歷史的她,常看古裝片,她說,之前來過臺博館一兩次,不過都是走馬看花的繞一圈。她很期待透過導覽課程的訓練,有一天能夠跟泰國的友人分享臺博館建築之美。

新住民服務大使中以越南姐妹的人數最多,碰到越南語導覽的時間,有空的姐妹都會集體穿著奧黛來支援,因此假日的臺博館不時有幾抹美麗的身影穿梭在展廳。阮氏玉梅還分享著一回她與陳秀萍兩人在交互練習導覽時,遇到一對台灣夫婦執意要聽她們略帶越南腔的中文導覽,還詢問姐妹們推薦的越南美食,看完展要去品嘗。

周日下午三點,印尼語的導覽開始了,施鷺音身著一襲寶藍色的印尼傳統服飾Kebaya,在臺博館外介紹這棟已佇立台北城內達一世紀之久的美麗建築,來自美國的印尼朋友、台科大與政大的印尼留學生專注的聆聽著她的說明。施鷺音流利的說著印尼語,清晰的口條,舉手投足散發著自信,垂墜的耳飾,隨著她生動的解說搖曳著,這一幕讓人有一種無法言喻的感動。

這幢百年的博物館因為新住民的加入,讓文化平權的理想更邁進一步,並持續地訴說屬於「全體」台灣人民的故事。

日文 英文

国立台湾博物館で—— 東南アジア出身者が務める 「サービス大使」母語ガイド

文・鄧慧純 写真・陳美玲 翻訳・山口雪菜

「スマホを自撮りに設定して、階段から6枚目のタイルに置きます。こうすれば台湾博物館の天井ドームのステンドグラスと一緒に写真を撮ることができますよ」とアオザイを着た陳秀萍さんが手本を示し、ベトナム語で説明すると、ベトナム出身の見学者たちがそれを取り囲み、一緒に自撮り写真におさまる。


国立台湾博物館は2015年から新住民サービス大使によるガイドを開始し、東南アジア出身の新住民(結婚などで台湾に移住してきた人々)を母語ガイドとして育成している。

受け身だったのが能動的に

「台湾に来て十数年、台湾博物館が新住民サービス大使を募集していると知り、初めて台湾博物館に足を踏み入れました」と数人の新住民サービス大使は口々に言う。

週末になると、台北市の二二八和平公園には大勢の新住民が集まってくる。彼らは芝生に座って食事をしたり、ステージを借りてイベントを行なったりするが、同公園内の台湾博物館に入る人は非常に少ないことがわかった。そこで博物館が簡単な調査をしたところ、多くの新住民が「博物館」の立派な建物が近寄り難いと感じており、博物館は台湾人のもので、新住民や移住労働者のものではないと思っていることがわかった。

そこで、台湾で四番目に大きなエスニックである新住民や移住労働者にも台湾博物館に来てもらうことが、陳済民館長の新たな任務となった。

2014年、台湾博物館が企画した「イスラム:文化と生活特別展」は好評を博し、インドネシア人の留学生や介護士が大勢見学に訪れた。展覧会場には礼拝堂も設けられ、イスラム教徒の人々から「ここで礼拝してもいいか」という問い合わせがたくさんあり、多くの人が絨毯を手に礼拝に訪れた。「彼らの表情や話から、台湾がさまざまな方法でイスラム文化について理解しようとしていることをうれしく思っていることがうかがえました」と林華慶副館長は言う。

博物館では、これを機に新住民サービス大使のボランティアを募集したところ、インドネシア出身の施鷺音さんが応募してきた。

台湾を知る窓口に

1908年創設の台湾博物館は、台湾における知識啓蒙の地である。台湾の生物標本や器物などを豊富に所蔵しており、生物多様性と文化多様性が同博物館の重点となっている。

国立台湾博物館は、台湾人が己を知り、海外の友人に台湾を知ってもらう、台湾を代表する博物館だと陳済民館長は位置づける。「台湾博物館は、台湾に100万人近く暮らす東南アジア出身の新住民や移住労働者に台湾を知っていただく窓口になります」と陳館長は言う。

林華慶副館長は、台湾では日本時代以降、幾度か大規模な移民の流れがあったと説明する。1949年には国民政府が台湾に移り、ここ20年ほどは結婚や就労を期に新たな移住者が入って来た。「私たちは今、この歴史の中にあります。文化の多様性に関心を注ぐ博物館としては、新住民文化が台湾にもたらす影響にも注目しています」と言う。

そこで、台湾博物館はさまざまなルートを通してボランティアの新住民ガイドを募集し始めた。第一期は2014年末、23カ月の訓練の後、2015年からインドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン出身の新住民10人がサービス大使として現場でガイドを開始した。

東南アジアとの結びつきを

新住民サービス大使になるには、中国語の会話能力と読む力を備えていなければならない。「訓練と参考資料はすべて中国語なので、それらを理解できることが基本条件です」と話すのは同博物館新住民ガイドプランを担当する袁緒文だ。

ガイドの訓練では、ベテランガイドが話す博物館の歴史や建物の特色、常設展の内容などを聞き取れなければならない。台湾博物館は、外観は古代ギリシアの神殿様式で、内部には台湾で育つバナナやブドウ、パイナップルなどが装飾として使われており、印象深い。新住民ガイドは他のボランティアガイドの説明も聞き、手の使い方や道具なども参考にする。

博物館が最重視するのは内容の正確さだ。専門用語は英語に当たり、そこから母語の中の近い語彙を探していく。

続いて実際のガイドの練習に入る。彼女たちは最初は中国語で説明し、それを23回行ってから母語で説明する練習をする。

「彼女たちは非常にまじめで、中国語のボランティアガイドの説明を聞き終えると、すぐにその人を取り囲んでたくさんの質問をします」と袁緒文は言う。

20166月、第二期のガイドの育成が始まった。カリキュラムが始まる前、袁緒文はサービス大使たちに次のように話した。「皆さんには、台湾文化とベトナムやインドネシア、タイ、フィリピンとの関連性を見出してほしいと思います。例えば、台湾博物館が建設された当時、皆さんの母国ではどんなことが起っていたか。そうした関連性が大切です。皆さんの母国の文化も非常に重要なのですから」と。

こうした考えから、ベトナム出身のサービス大使は、ホーチミンの博物館の写真を見せて台湾博物館の外観と比較し、インドネシア出身の人は、台湾博物館の1階ホールの市松模様の床がバリ島の神殿とそっくりなことに触れる。

台湾博物館では、インドネシア語とベトナム語のパンフレットも作っており、これらの翻訳にもサービス大使が協力した。

真剣な女性は美しい

インドネシア出身の林達さんは、台湾で中国語を学び、後にイギリスで修士の学位を取った。初めてガイドを務めた時、彼女は自分の声が震えているのに気づき、それを見ていた娘さんも泣きそうになったという。今でもガイドをする前の晩は、資料を読み直す。自分の役割をきちんと果たせないために、旅行者の印象が悪くなってしまったら大変だと思うのである。

ベトナム出身の黎于菲さんは、すべてのカリキュラムに子供と一緒に参加した。子供にも母親が努力して学んでいる姿を見せたいと思ったからである。そうして、気付かぬうちにガイドの仕事が大好きになっていたという。

台湾に来て16年になる陳秀萍さんは3人の子供の母親で、週末には新北市永和区の網渓小学校で母語(ベトナム語)の先生もしている。彼女は母語教室の生徒たちに母親と一緒に博物館のガイドを見に来るように誘っている。母語の実習にもなるし、家に籠りがちな新住民の母親たちが台湾を知るきっかけにもなるからだ。

インドネシア出身の施鷺音さんは、学校では歴史が苦手だったが、サービス大使を始めてから歴史が大好きになったという。

第二期から参加した趙有学さんは、唯一のタイ語のガイドである。20数年前に親戚を頼って台湾に来て以来、台湾が好きになってずっと住んでいる。文化や歴史が大好きな彼女は、将来はタイの友人たちに台湾博物館の建築美を知ってもらいたいと考えている。

新住民サービス大使の中で、最も人数が多いのはベトナム出身者で、ベトナム語ガイドが必要な時には、皆がアオザイを着てサポートする。そのため、休日の台湾博物館では美しいアオザイ姿の女性を見かけることがある。その中の阮氏玉梅さんは、陳秀萍さんと一緒にガイドの練習をしていた時、台湾人の夫婦から頼まれてベトナム語なまりの中国語でガイドをしたことがある。その夫婦は、彼女たちにお勧めのベトナム料理も訊ね、これから食べに行くと言っていたそうだ。

日曜の午後3時、インドネシア語のガイドが始まった。施鷺音さんは鮮やかなブルーの伝統衣装ケバヤをまとい博物館の外で、一世紀にわたって台北を見守ってきた美しい建築物について説明していた。アメリカから来たインドネシア人と、台湾科技大学と政治大学のインドネシア人留学生が彼女の説明に聞き入っている。施鷺音さんの流暢なインドネシア語は言葉もはっきりしていて、その姿は自信に満ちている。説明する身体の動きに合わせてイアリングが揺れ、その姿は何とも言えない感動を呼ぶものだった。

百年の歴史を持つ国立台湾博物館では、新住民がメンバーに加わり、文化の平等という理想に向かって新たな一歩を踏み出した。これからも「全台湾人」の物語を伝えていく。

Winning Hearts: Immigrant Ambassadors Attract New Museum Visitors

Cathy Teng /photos courtesy of Chen Mei-ling /tr. by Jonathan Barnard

“Put your phone on self-timer mode and lay it down on the sixth marble slab counting away from the bottom of the stairs. That way you can capture the dome’s stained glass in the photo, and if you gather everyone in a circle and bring them close, you can get a group shot with the dome.” Dressed in an ao dai, a traditional garment for Vietnamese women, Tran Tu Binh demonstrates the method as she explains it in Vietnamese to some curious compatriots from Vietnam, who follow her directions to get a group shot of themselves under the dome of the National Taiwan Museum.


The scene took place on a tour for which she served as a “new immigrant ambassador” under a program started at the National Taiwan Museum (NTM) in 2015. These tours are given by immigrants from Southeast Asia in their native languages.

Regaining the initiative

“I arrived in Taiwan more than a decade ago, but I never set foot in the National Taiwan Museum until I saw an advertisement recruiting new immigrant ambassadors.” That’s the gist of what four or five of these ambassadors say, if with slightly different phrasing.

On weekends immigrants have long gathered in the 228 Peace Memorial Park, where the museum is located, but museum staff noticed that few ever ventured inside. A quick survey revealed that the building’s grandeur was off-putting. The immigrants felt that the museum served citizens exclusively and was not a place for “new immigrants”—Southeast Asians who are migrant workers in Taiwan or have married Taiwanese men (particularly the latter).

These new immigrants now comprise Taiwan’s fourth largest ethnic group. For museum director Chen Chi-ming, drawing them into the museum became the next step in the NTM’s efforts to meet its corporate social responsibilities.

The NTM’s 2014 exhibition on “Islamic Life and Culture” created quite a splash within Taiwan’s Muslim community and earned excellent reviews. Moreover, the museum took advantage of the opportunity to recruit new immigrants interested in serving as volunteer “ambassadors” or docents. Indrawati, an Indonesian, was one of them.

A window on Taiwan

Established in 1908, the NTM is an embodiment of Taiwan’s modern enlightenment. Its core value as a museum is found in the ways it captures Taiwan’s biodiversity and cultural diversity.

Chen regards the NTM as the museum most representative of Taiwan, a place where Taiwanese can gain understanding about themselves and foreign friends can learn about Taiwan. “The NTM also should be a window on Taiwan for new immigrants and migrant workers,” says Chen.

NTM deputy director Lin Hwa-ching notes that Taiwan has experienced several waves of immigration since the Japanese colonial era, including the mainland Chinese who came when the Nationalist government decamped for Taiwan in 1949. The “new immigrants” are just the latest wave. “Since we’re right in the middle of this period of Southeast-Asian immigration, as a museum attuned to cultural diversity we should be paying a lot of attention to the impact of these new immigrants’ cultures on Taiwan.”

Consequently, the NTM began to go through various channels to find new immigrants who were willing to become museum docents. They began to recruit the first group of trainees at the end of 2014, and by June of 2015 ten new immigrant “ambassadors” from four countries—Indonesia, Vietnam, Myanmar, and the Philippines—were actually giving tours.

Making connections with Southeast Asia

“Because the training curriculum and reference materials are all in Chinese, it’s important that they have excellent Chinese listening comprehension and reading skills,” says Emily Yuan, who leads the ambassador program at the museum. “These are basic requirements.”

In training, ambassadors-to-be first listen to senior guides explain the museum’s history, the special features of its architecture, and the content of its permanent exhibitions. Experiencing the different styles of various guides, they are constantly listening, working to fix the information deep in their memories.

The accuracy of the guides’ content is what the museum cares about most. When they hit translated academic terminology, they go back to the English for it and then look for something close in the vocabulary of their native language. Giving successive practice tours, the new immigrant women are asked by the museum first to give two or three tours in Chinese, and then to practice tours using their mother languages among themselves. 

In June of 2016, a second class of new immigrant ambassadors began their training. Before training began, Yuan earnestly said to this group of ambassadors-to-be: ‘I hope that you all can find some connections between the culture of Taiwan and those of Vietnam, Indonesia, Thailand, and the Philippines. For instance, when the NTM was founded, what was happening in your native lands? It’s important to make connections with your homelands because your own cultures are just as important.”

Consequently, the Vietnamese women in training showed photographs of the Ho Chi Minh City Museum and compared it with the NTM. The Indonesian women point to the original checkerboard floor on the museum’s ground floor, noting that it resembles the floor in a palace on Bali.

What’s more, the NTM has set a precedent by printing introductory pamphlets in Indonesian and Vietnamese, which the ambassadors helped to translate.

The beautiful virtue of diligence

Linda Tjindiawati Arifin, who hails from Indonesia, recalls that the first time she gave a tour she could feel her voice quavering. Her daughter was watching and could tell that her mother was on the verge of tears. Even now, on the night before she gives a tour, Linda goes over her reference materials. Diligent by nature, she worries that her tours are not up to snuff and will reflect poorly on the museum.

Le Vu Phi, who is Vietnamese, attends training sessions partly because they foster self-growth, but she also brings her daughter to them because they provide an opportunity for the child to see her mother diligently studying. Le has slowly but surely come to love her work as a docent.

Tran Tu Binh has been in Taiwan for 16 years. Apart from her regular job, she teaches Vietnamese in “mother-tongue classes” at Wang Xi Elementary in Yonghe, New Taipei City on the weekends. From time to time she asks her students to invite their mothers to go with them on the weekends and to take in a tour at the museum. Apart from giving the students real-life experience with Vietnamese, she also hopes that their new immigrant mothers, who often don’t get out much, will take advantage of the opportunity to gain a better understanding of Taiwan.

Maree is a docent-to-be enrolled in the second session of “ambassador” training classes. She is also the only docent who speaks Thai. She first came to Taiwan to visit relatives 20 years ago. She never expected that she would fall in love with the island and never go back to Thailand. She says that she twice previously visited the NTM, but each time she gave it just a cursory walk around before returning home. She is eagerly looking forward to the training sessions, anticipating that one day she will be able to share the beauty of the NTM’s architecture with her Thai friends.

Nguyen Thi Ngoc Mai shares a memory of how one time she and Tran Tu Binh were practicing giving tours to each other, and they encountered a Taiwanese couple who insisted on hearing their Vietnamese-accented Chinese tour. The couple even asked the docents for a recommendation for a good Vietnamese restaurant, planning on going there for a meal afterwards.

At three on a Sunday afternoon, an Indonesian tour begins. Wearing a traditional royal blue kebaya, Indrawati stands outside the museum introducing its beautiful century-old architecture. The group of fellow Indonesians on the tour listen intently to her resonant and clearly enunciated Indonesian. Indrawati exudes confidence as she gestures, and her dangling earrings sway as she animatedly explains certain points. The scene is moving in a way that’s hard to put into words.

By bringing in immigrants, this century-old museum is moving a step closer toward the ideal of cultural equality. It is also continuing its work to tell stories that belong to all of the people of Taiwan.           

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