戲舞掌中乾坤──葉蘇珊操偶圓夢

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2016 / 8月

文‧鄧慧純 圖‧莊坤儒


上午,她穿上雨鞋,進果園裡摘番茄、到田裡照顧秧苗;下午,驅車到鄰村的包公廟前,搭好舞台,在舞台後搬演布袋戲。她是來自印尼的葉蘇珊,19歲時嫁來台灣雲林,一轉眼已經15個年頭了,最讓人嘖嘖稱奇的是,她練就了一手操演布袋戲的工夫,是一位專業的布袋戲操偶師。


布袋戲是台灣重要的傳統表演藝術之一,它不僅是庶民大眾重要的娛樂,也與民間宗教信仰有緊密的關係。葉蘇珊的先生陳志能經營一個布袋戲班,每逢酬神廟會時節都要出場表演。葉蘇珊是先生的賢內助,除了操持家務外,還跟先生一起演布袋戲。

來自印尼的布袋戲操偶師

採訪當天,陳志能受邀到雲林縣斗南鎮的玄興宮(包公廟)幫江姓家族酬神還願,感謝神明過去一年對家族老小的保佑。夫妻倆開著載有全部生財家當的小貨車出發,到了會場,10分鐘內,一台貨車像變形金剛變身一樣,夫妻倆一個升起車頂,一個攤開木支架,貨車順勢化身為金光閃閃的舞台。

開演前,需先焚香祭拜,而後燃燒金紙,此稱之為「淨台」。陳志能當天身體不適,高燒到39度,他撐著病體寫完千秋牌(上頭明述演出日期、列位神明與出資者)、向神明秉告此次酬神的緣由、說些吉祥話後,後續的酬神戲就委由葉蘇珊上場。

她依著程序,首先開演「扮仙戲」,利用木偶扮演神仙,向天上神明傳達人民的訴求。葉蘇珊一一將福仙、祿仙、壽仙三仙請上台就定位。因為是神明的角色,戲偶移動要威嚴且徐步,她一邊示範一邊解釋。接著她將一尊尊要出場的戲偶,在後台準備好,攤開滿是印尼文註記的腳本,確認每尊戲偶出場的順序。每尊戲偶有專屬的音樂,葉蘇珊聽著音樂就知道誰該出場,她還示範男女戲偶的走路方式,女偶要有妖嬌的姿態,男偶走路則豪邁大器且快步。

葉蘇珊說,到台灣後,才知道先生是布袋戲班的班主,印尼沒有布袋戲,她看著一尊尊的木偶十分有趣,就跟著先生與二伯學戲,先生把她當弟子教,嚴厲且不留情面。學偶戲要記得偶的臉部特徵與角色、出場的時機及如何動作。「初學戲時,每個戲偶的臉都搞不清楚,再加上語言不通,不時戲偶會上錯場,要靠先生在一旁緊急救援。」葉蘇珊不好意思地說。

她還記得初登場的戲是演濟公的故事,當時既緊張又害怕,怕出醜砸了場子。練習時被木偶砸到頭是家常便飯,手指要撐著木偶的頭,弄得指間紅腫也都是常有的事。問她練布袋戲最困難的地方時,葉蘇珊卻說:「只要有心要學,沒有學不會的事。」布袋戲口白多是台語,來台之初,聽不懂台語,就是一句一句問。現在跟著先生四處去酬神表演,葉蘇珊還是會用眼睛偷學,她說這種實戰的經驗最記憶深刻。

葉蘇珊的個性認真且認分,經過多年的練習,現在的她可以兩手操三個木偶,獨挑大梁沒問題。

19歲的飄洋渡海

葉蘇珊來自印尼西加里曼丹省山口洋市,是客家華僑。多年前,印尼發生排華暴動,媽媽擔心女兒的未來,透過媒人引介,讓葉蘇珊飄洋過海嫁到台灣來。

葉蘇珊回想剛到台灣時,中文、台語都聽不懂,加上當時先生貪杯,無心於事業,布袋戲客源不穩定,讓她曾想當個落跑新娘。但女兒出生了,家庭經濟多靠葉蘇珊四處打工撐起,後來先生戒了酒,願意全心投入事業,夫妻倆胼手胝足地把三人小家庭再次撐起。

開心農場當副業

布袋戲的邀演不是每個月都有,只逢2、3、8、9這幾個重要月分才有較多的酬神活動,所以葉蘇珊跟先生商量,跟村裡的老人家租了幾塊地,自己耕作增加收入。一分二的地(近1,200平方公尺)開墾種植小番茄,另外一塊地種花椰菜,開始了自己的開心農場。只見葉蘇珊巡著田園,把差不多可收成的白花椰菜用旁邊的葉子摺起來蓋住,防止鳥來啄食,壞了賣相。還有一塊地正在打田放水,等整完地之後,就可以插秧了。

一路上,葉蘇珊解說著,哪一種番茄的種苗較好,這方田地種完番茄之後要改種其他的作物,以養地力。問她怎麼懂這麼多?之前在印尼下過田嗎?她說沒有,以前在印尼每天都是穿著亮麗在店裡當銷售員,在台灣雖然辛苦,但學習更多、收穫更多。

認真且認分的天才

路上不時遇到村裡的長者,他們總是停下腳步跟葉蘇珊話家常,分享著田裡的花椰菜何時收成才能賣得好價錢、纍纍的番茄已經在藤上可以採收了、那方水田已經準備好,可以翻土插秧了,葉蘇珊也以熟練的台語應對著。村裡耆老對於陳志能娶到這個厲害又勤奮的妻子都多所稱讚,「葉蘇珊肯做事,又會演布袋戲,真的是天才。」鄰居對記者這麼說。但這一切的稱讚都是葉蘇珊認真生活、努力勤奮換來的。

來到台灣15年了,她全心融入台灣的生活。家裡的神桌上供奉著西秦王爺,祂是戲曲界的保護神,葉蘇珊每日早晚虔誠上香,祈求庇佑全家平安、事業興隆。

種番茄和演布袋戲哪個比較賺錢呢?「馬馬虎虎啦」,葉蘇珊說,只是不管布袋戲或農作,都是看天吃飯。酬神是跟神明的約定,所以只要訂好日子,除非真是狂風暴雨,都要依約演出。儘管現在看布袋戲的人少了許多,葉蘇珊覺得這是跟神明與請主的約定,每場戲都是賣力搬演著戲偶。

戲台後,狹長的空間,看著夫妻倆伴著音樂,交錯穿梭操弄戲偶的身影。這是在台灣的一方角落中,幸福的背影。

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布袋戯の人形遣い——葉蘇珊

文・鄧慧純 写真・莊坤儒 翻訳・久保 恵子

午前中、彼女は長靴を履いて畑でトマトを収穫してから、田んぼの苗を見回った。午後になると、車で隣村の包公廟に出向き、舞台を組んで人形芝居の布袋戯を演じる。インドネシア出身の葉蘇珊は、19歳で台湾の雲林に嫁ぎ、あっという間に15年が過ぎた。しかも驚いたことに、彼女は人形芝居の布袋戯の技を身に着けた一人前のプロの人形遣いなのである。


布袋戯は台湾の重要な伝統的舞台芸術の一つであり、一般庶民の重要な娯楽であるとともに、民間信仰と密接な関係を有する芸能でもある。葉蘇珊のご主人の陳志能はこの布袋戯の劇団を経営していて、廟の祭りの時期になると、必ず公演を依頼される。葉蘇珊は、内助の功と家事をこなすだけではなく、外に出て夫とともに布袋戯を演じるのである。

インドネシア出身の布袋戯人形遣い

私たちが取材に訪れた日、陳志能は雲林県斗南鎮の玄興宮(包公廟)において、過去一年間の家内安全を神明に感謝する江家一族に招かれて、神への感謝の奉納公演を行なうことになっていた。夫婦は二人で大道具、小道具一式を小型トラックに積み込んで出かける。会場に着くと、荷台の屋根を開き、二人で木の支柱を組み立てると、トラックはわずか10分ほどで、トランスフォーマーよろしく煌びやかに光り輝く人形芝居の舞台に変身する。

開演前に、線香に火をつけて神明に祈りを捧げて紙銭を焼くが、これを舞台を浄めるという。この当日、39度の熱があった陳志能は、不調を押して千秋牌(上演日、奉納する神明と奉納者名を明記)を書き、神明に今回の奉納の由来と縁起の良い言葉を告げた。それが終わると、葉蘇珊が奉納の舞台を演じるのだという。

葉蘇珊は決まりに従って、まず「扮仙戯」を上演する。人形が神仙を演じ、人々の願いや訴えを天に伝えるため、演目は神仙芝居から始まるのが仕来りとなっている。葉蘇珊はまず福仙、禄仙、寿仙の三尊の人形を舞台の定位置に上げる。神明なので、人形はゆっくり厳かに移動させなければならないと、人形を動かしながら彼女は説明してくれる。次いで、ほかにも出演させる人形を裏手に準備し、びっしりとインドネシア語で書き込みをした脚本を開いて、人形一つ一つの登場の順序を確認した。人形にはそれぞれ専用の出の音楽があるので、彼女は音楽を聴けば出番の人形が分かる。彼女は男女の人形の歩き方も説明してくれた。女の人形は艶やかになよなよと、男の人形は豪快に早足で歩かせるのである。

葉蘇珊によると、インドネシアにはそもそも布袋戯はなかったし、台湾に来るまでは、ご主人が布袋戯劇団の座長であることも知らなかったという。しかし、台湾に来てみると、彼女は人形の一つ一つを面白く感じ、ご主人と伯父について人形遣いを学び始めたが、ご主人は弟子扱いで教え方は大変厳しかったそうである。人形芝居では人形の顔と特徴、役柄や出番のタイミング、動かし方を学ばなければならない。「最初は人形の顔も覚えられず、言葉もままならず、出番を間違えたりすると、主人が慌てて助けてくれました」と彼女は申し訳なさそうに話す。

彼女は初舞台で済公(南宋の僧で、多くの民間説話の主人公)の物語を演じたのだが、緊張のあまりしくじるのではないかと怯えていたという。稽古では人形に頭をぶつけることもあり、人形の首を支える指は赤く腫れあがるのがしばしばであった。布袋戯の稽古で何が一番難しかったかと聞くと、「一生懸命学べば、できないことはありません」と答えた。布袋戯の台詞は台湾語が多く、台湾に来たばかりの彼女は分らないことが多く、一語一句、意味を聞いていくしかなかった。今になっても、ご主人と公演に回るときに、こっそり見て学んでいる。実戦で学ぶことで一番記憶に刻まれるからである。

真面目で分を弁える性格の葉蘇珊は、長年の練習を積んで、今では人形三体を同時に操れるまでに上達しており、一人で舞台を支えられるようになったという。

19歳で海を越える

葉蘇珊は、インドネシアの西カリマンタン州シンカワン市出身の客家華僑である。何年か前に、インドネシアでは大規模な華僑排斥の暴動が起こった。母は娘の将来を心配し、仲人の紹介を通して、海を越えて台湾まで娘を嫁がせることにしたという。

葉蘇珊は、嫁いできた当時を思い起して話してくれた。当初は、中国語も台湾語もわからず、しかもご主人は酒好きで、布袋戯の仕事もなおざりにしていて収入は不安定だった。一時は、インドネシアに逃げ帰ろうかと思ったと話す。しかし、娘が生まれて、葉蘇珊があちこち働きに出て家計を支えるようになると、ご主人は酒を断ち、布袋戯に打ち込んでくれて、夫婦で力を合せて、三人家族が立ちいくようになった。

副業の楽しい農場

布袋戯の公演は毎月決ってあるわけではなく、2月、3月と8月、9月の祭りの時期にだけ奉納芝居が集中する。そこで葉蘇珊はご主人と相談の上、村のお年寄りから田畑を何か所か借り受けて、副業の農業で収入を得ようと考えた。まず約1200平方メートルの土地でミニトマトを栽培し、別の畑にカリフラワーを植えて、楽しい農場を副業とすることにした。葉蘇珊とともに田畑を回ると、収穫間近のカリフラワーは、鳥につつかれると売り物にならないので、葉っぱを使って覆いをかける。水を入れている田んぼは、耕し終えれば田植えができるという。

歩きながら、葉蘇珊は栽培しやすいトマトの苗の種類や、トマトの収穫後はほかの作物を植えて地力を養い、連作障害を避けるなどと説明してくれる。農業になぜそんなに詳しいのか、以前はインドネシアで農作業をしていたのかと聞くと、彼女はそんなことはないという。インドネシアではしゃれた服を着てショップの店員をしていたというのである。それでも、台湾では農作業の苦労はあるものの、学べることも多いと答えた。

真面目で分を知る天才

道すがら、村のお年寄りに出会うと、彼らは足を止めて葉蘇珊と世間話に興じる。畑のカリフラワーはいつ収穫すればいい値段で売れるかとか、累々と実ったミニトマトはもう収穫できるだろうか、といった話をし、またあちらの田んぼはすでに準備が整い、田植えを始められるなどと話しかけられると、葉蘇珊は流暢な台湾語で応対していた。村の長老たちは、まあよくこれほど勤勉で出来の良い妻を娶ったと陳志能を褒めちぎる。「葉蘇珊は働き者だし、布袋戯も演じられるし、まさに天才です」と隣人は私たちにこう話した。この称賛はしかし、すべて葉蘇珊が真面目に生活し、勤勉に努力してきた結果なのである。

台湾に来て15年になる彼女は、全身で台湾の生活に融け込もうとしている。家の神棚には、芝居の守り神である西秦王爺を祀ってあり、葉蘇珊は毎日朝晩敬虔に線香をあげ、一家の無事と事業の発展を祈っている。

トマト栽培と布袋戯と、どちらが稼げるかと聞くと「どちらも、そこそこです」と葉蘇珊は答える。ただ、布袋戯でも農作業でも、すべてお天気次第であるのに変わりはない。寺や廟への奉納芝居は神明との約定なので、吉日を定めたら、台風でも来ない限り、約束通り上演する。今では布袋戯を見に来る人は少なくなってしまったが、これは神明と依頼主との約定なので、どの芝居でも真剣に人形を操らなければならないと、葉蘇珊は考えている。

舞台の裏手の狭い空間にあって、夫婦二人が伴奏の音楽に合わせて、人形を巧みに操る姿が目に入ってきた。台湾の田舎町の片隅にあって、これも幸福な一組の夫婦の姿であろう。

A World in Her Hands—Yek Sansan

Cathy Teng /photos courtesy of Chuang Kung-ju /tr. by Geof Aberhart

In the morning, she pulls on her gumboots and heads out to the orchard to pick tomatoes, and then to the paddies to tend to her rice seedlings.

In the afternoon, she and her husband drive to a temple in a neighboring village, set up their stage, and put on a po-te-hi Taiwanese glove puppet show. Her name is Yek San­san, and she moved to Taiwan from Indonesia at the age of 19 after marrying a Taiwanese man. Fast forward 15 years and, to the amazement of many, she has become a trained professional po-te-hi puppeteer.


 

Po-te-hi—or bu­daixi in Mandarin—is one of Taiwan’s most important traditional performing arts. Not only has it served as a big source of entertainment for the ordinary people, it also has close ties with folk religion. Yek’s husband Chen Chih-neng runs a po-te-hi troupe, traveling to temples to perform during various festivals. Yek has become an invaluable partner to Chen, not only taking care of the household but also performing alongside him.

The puppet master from Indonesia

On the day Taiwan Panorama visited the couple, Chen had been invited to perform at the Bao Gong Temple in Dou­nan Township, Yun­lin. The performance was to be part of a ceremony held by a local family to thank the gods for their protection over the past year. With ­everything in their truck, the couple drive to the venue, and within ten minutes of arriving, everything is ready to go. Like a Transformer, the truck changes as the couple lift up the roof and set out a wooden frame, and just like that the little truck has become a glittering stage.

Before the show starts, they light some incense and joss paper, praying for the stage to be “cleansed.” Feeling ill and running a fever of 39°C, Chen steels himself and finishes writing the playbill that lists the date, the gods being honored, and the donors. Then he says a few auspicious words and turns the performance over to Yek.

The show begins with the customary “pan-sian” (ban­xian) curtain-raiser, using wooden puppets to portray gods relaying the wishes of the people to the heavens.

One by one, Yek introduces immortals representing wealth, fortune, and longevity, making sure they move with a majesty that befits their status as deities. All of the puppets she will be using are set up behind the stage, alongside script sheets with notes in Bahasa Indonesia to make sure she gets them out in the right order. Each puppet has its own distinctive music and rhythm, and so Yek can tell just from the music who should be coming out next. Explaining her process later, she demonstrates the different gaits of male and female puppets, with the females walking more sensually and the males more quickly and heroically.

Yek says she only found out that her new husband was the head of a puppet theater troupe after she arrived in Taiwan. Po-te-hi doesn’t really exist in Indonesia, so she found the puppets intriguing. She started learning the art from her husband and his uncle, with Chen taking her on as an apprentice and not letting their relationship soften his strict teaching style. Learning puppetry involves learning the special facial features and characters of each of the puppets, as well as when they take the stage and how they move. “At first I couldn’t keep the puppets’ faces straight in my head, and the language barrier made it even harder,” says Yek, embarrassed. “I would send them out at the wrong times, and had to rely on my husband to rescue the show.”

Her first performance was the story of the mad monk Ji Gong, and she still remembers how nervous and scared she was, afraid she’d screw up and ruin everything.

When asked what the hardest part of learning po-te-hi was, though, Yek responds that “as long as you really, really want to learn, there’s nothing too hard to figure out.” Getting hit in the head by puppets during practice is common, and as their heads are propped up by the fingers, swollen fingers are far from unusual. On top of that, when she first arrived Yek spoke no Taiwanese, and had to ask what every sentence meant. A believer in the idea of “no pain, no gain,” she stuck to it, and now she travels all over the island with her husband to perform, but even still she is always watching and learning—real-world experience is the easiest to remember, she says.

A hard worker by nature, Yek has invested years into her practice, and now can control three puppets with just two hands, enough to put on a full show solo.

Leaving home at 19

Yek is originally from the city of Sing­ka­wang in Indonesia’s West Ka­li­man­tan Province, and is of Hakka descent. After the 1998 anti-Chinese riots in Indonesia, Yek’s mother began worrying about her daughter’s future and contacted a matchmaker to marry her off to a Taiwanese man.

When she arrived in Taiwan, Yek recalls, she spoke neither Mandarin nor Taiwanese, and her husband’s puppet theater business was on rocky terrain as he was a bit of a drinker and not committing himself to his work. For a while, she even considered running away. After their daughter was born, for a while the family finances rested predominantly on Yek’s shoulders. Then her husband quit drinking and invested himself back into his puppetry, and the three of them began rebuilding their new family.

There isn’t call for po-te-hi shows all the time, though. February, March, August, and September are peak time for thanksgiving events, so Yek and her husband negotiated a few blocks of land from a local family to start a small-scale farm and complement their income.

Their little “Farmville” is half used for growing tomatoes, while the other half is dedicated to cauliflower. Yek inspects their plot carefully, looking for cauliflowers that are almost ready to harvest and folding their leaves over them to protect them from birds, keeping their salability up. Previously they had another plot dedicated to Chinese flowering cabbage, but right now that part is unused, with irrigation being set up to make it ready for planting later.

As we check out their plants, Yek explains which types of tomato grow better here and how they fertilize the soil in preparation for the next crop to go in their place. When asked how she knows so much about farming and whether she had worked on a farm back in Indonesia, Yek replies that she hadn’t, and that in fact she had worked as a nicely dressed sales assistant. Life in Taiwan has been hard work, she says, but has also taught her a lot.

Genius is 99% perspiration

From time to time, elderly folk from the village will stop by and have a chat with Yek, talking about when the cauliflower will be ready, how the tomatoes are about ripe enough to harvest, about turning the soil once the other plot is properly irrigated.... Throughout all of this, Yek chats along in smooth Taiwanese. These old villagers have nothing but praise for the hard-working, impressive woman that local boy Chen has married, with neighbors telling us: “Yek San­san is a hard worker and a po-te-hi performer, she’s a real genius.” Such praise is hardly unfounded, given the diligence and hard work Yek has shown in her time here.

In the 15 years she has been in Taiwan, Yek has fully thrown herself into local life. In their home, the couple have a shrine to Lord Xi­qin, who could be considered the “patron saint” of po-te-hi, and every morning and evening they light incense and pray to him to support their family and their business.

So which is the better money earner, tomatoes or po-te-hi? “They’re both alright,” Yek responds. “Either way we rely on the heavens to make enough to put food on the table.” A thanksgiving ceremony is essentially an appointment with the gods, so once the day is set, barring violent storms the show must go on. While few people watch po-te-hi shows today, Yek still takes every show seriously, considering them deals with both their clients and the gods, and as such she gives each performance her all.

Watching from backstage as this husband-and-wife team cram themselves into a tiny space and maneuver their puppets around, we get a glimpse of real happiness in this small corner of Taiwan. 

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