太魯閣峡谷マラソン

早朝6時40分、花蓮の太魯閣峡谷の入り口、立霧渓にかかる錦文橋でスタートの準備が整った。ピストルの音とともにランナーたちは太魯閣国立公園へと走り出す。沿線は立霧渓に浸食された世界最大の大理石峡谷であり、世界で最も美しいマラソンコースと言えるだろう。

美しい峡谷の中を走る太魯閣マラソンは、「最も美しいコース」と称えられている。（雲朗観光グループ提供）

参加者は勇者、完走者は英雄

年に一度の雲朗観光太魯閣峡谷マラソン。この日、太魯閣国立公園に車が入ることはなく、ランナーは思いのままに峡谷を走ることができる。

2000年に始まったこのレースには毎年4万人近い参加申込があり、実際に参加できるのは1万2000人なので、抽選の当選確率は3～4割ほどである。参加者の内、約800人は40ヶ国から来た外国人で、その人気のほどがうかがえる。

太魯閣マラソンの魅力は美しい峡谷の景色だ。沿線には水彩画を思わせる長春祠、切り立った燕子口（フルマラソンコース）があり、思わず立ち止まって写真を撮るランナーもいる。日差しを浴びながらトンネルに入ると涼しく、フィトンチッドを浴びることもできる。最近はベトナムやシンガポールなどの企業が団体で参加を申し込むようになった。5キロのミニマラソンは大人から子供まで、家族そろって楽しむことができる。

天龍飯店のエイドステーションからはヤマムスメの姿も見られる。

安全第一

太魯閣国立公園の道路の中央には大きく「落石注意」の四文字が書かれており、主催機関にとって最大のプレッシャーと考慮は「安全」である。執行長の張志強によると、選手とスタッフ合わせて1万5000人の安全を確保する最大の秘訣は祈ることだと言う。

太魯閣マラソンは観光と結びついており、シーズンオフの花蓮に多くの人を呼び込んで1～2億の収益をもたらす。9年前、雲朗観光（LDCホテル・リゾート）グループがスポンサーとなってからは、グリーンマラソンを目指してきた。

スポンサーになった理由について雲朗観光グループ総経理の盛治仁は、社会に必要とされる企業になるには、利益を上げるだけでなく「価値のあることをする」ことが必要だという経営者の考えからだと言う。そのためグループは資金を提供するだけでなく、ビジュアルデザインやデジタルマーケティングなどにも参加し、マラソンをより社会的意義のあるものにしたいと考えている。「サステナビリティはマラソンと同じ」というのが一貫したテーマである。

盛治仁によると、マラソンのスポンサーになったことで、この大会を通して利他の精神を実現できることとなり、これは会社と社員の大きな達成感につながっているという。

太魯閣マラソンでは3年前から、ペットボトルの水の提供をやめ、選手たちにエコカップを提供することにした。主催者はこのために70万元を費やしたが、ペットボトルごみを減らすことができた。来年はカーボンフットプリントの審査を受ける予定で、これによって太魯閣マラソンはグリーンマラソンの代名詞となることだろう。

南横霧鹿ウルトラマラソンでは壮麗な峡谷の風景が楽しめる。

南横霧鹿峡谷ウルトラマラソン

南部横貫公路を走る南横霧鹿ウルトラマラソンは毎年3月、午前5時に、百年の歴史を持つ関山の天后宮の前からスタートする。夜8時にレースが終わるまで、南部横貫公路のコースからは壮麗な峡谷が見渡せ、やはり一生に一度は走りに来たいと思わせる。

このコースは関山の田園風景から始まる。3月の水田は田植えが終わって緑に輝いているが、台北から来たランナーは、これをニラと間違え、関山の名産だと勘違いする。続いて緩やかな上り坂となり、中央山脈と海岸山脈を一望できる。そして高山の陽光や気温の低さ、霧雨といった気候を体験することとなる。沿線ではタイワンザルが自在に行き交う。50キロ地点、天龍飯店にあるエイドステーションでは四川飯店の滷肉飯を味わいながら、樹上に群れを成すヤマムスメを見上げることもできる。

最もきついのは午後のルート、利稲から摩天までの区間だ。Z字状に上っていく時、自分の指先も見えないほどの霧に包まれることもあるので、スピードを緩めて早歩きし、仙境のような雰囲気を味わうといいだろう。標高1700メートルの折り返し地点、栗園まで走り抜いた人には、梓園肯定米から関山米1パックが贈られる。

南横霧鹿ウルトラマラソンの創始者である傅祺育と呉宏達（右）は互いを異父母兄弟と呼び合う。

素晴らしい景色の中を走る

「天気が良ければ南部横貫公路から、関山、塔関山、鷹仔嘴山など台湾百岳の数々の稜線が見えます」と話すのは霧鹿ウルトラマラソンの創始者のひとり、傅祺育だ。このマラソンが打ち出している「大山大水が大人物を歓迎する」というスローガンは、天然の峡谷と水の流れる新武呂渓、そしてマラソンに参加する勇者たちを指している。この大会は2024年に13回目を迎える。「数年続ければ活動として定着し、30～50年続けば記念大会もできます。300年続けば文化になるでしょう」と傅祺育は言う。

この大会を開催しようと考えたきっかけは、遊ぶこと、スポーツをすることが好きだったからだと言う。客家の出身でありながら、ブヌン訛りの言葉を話す彼は「ウルトラマラソンは互いに励まし合う友情のスポーツであり、走れば健康保険証も必要なくなります」と言う。

彼ともう一人の創設者である呉宏達はともにランニングが好きで、まず最初に226キロのトライアスロンを開催し、2011年に第1回南横霧鹿峡谷ウルトラマラソンを開催した。

第2回は、工務局で働くランナーの提案を取り入れ、レースを気候の安定する3月に開催することとし、これによって最大の課題である台風を避けられるようになった。それから10年、南部横貫公路は直線化工事が進み、道路上の距離標識も3回変わったため、マラソンのスタート地点もルートも毎年調整してきた。「私たちの強みは臨機応変に対応できることです。どんな困難や悪天候でも実施します」と傅祺育は語る。

第10回の南横霧鹿ウルトラマラソンの参加者は過去最多の3000人に達した。ちょうど新型コロナウイルスの流行に見舞われて一年延期での開催となったが、それでも過去最多の参加者数を記録した。

南横霧鹿ウルトラマラソンは早朝5時にスタートする。（傅祺育提供）

達人は民間に

同じく南横霧鹿ウルトラマラソンの創設者である呉宏達は、関山鎮で歯科医をしており、また台湾で初めてUTMB（ウルトラトレイル・デュ・モンブラン）で中華民国の国旗を掲げて完走した人でもある。

「実はマラソンを始めたのは42歳の時なんです」と呉宏達は言う。大学時代から登山を始めたが、トライアスロンに参加するためにランニングを開始した。最初は苦しく、1キロ走るだけで息が切れたという。初めてトライアスロンを完走した時、帰りのバスに立って乗ることもできなかったと言う。彼は毎日、歯科医としての診察の合間の昼休みに10キロ走り、夜も10キロ走ってきたところ、100キロマラソンも走れることに気付いたのだと言う。

「マラソンは麻薬のように中毒になります」と呉宏達は言う。彼は2004年に14日をかけて台湾一周1100キロのマラソンに参加した後、モンゴルのウルトラマラソンに出場、さらに世界で最も過酷と言われるイタリアのTDG（トルデジアン・グレートレース）の6日間のウルトラマラソンにも参加した。「TDGは本当に浄化の旅でした。毎晩眠るのはわずか1時間ほどで、標高2500メートルまで登った時には梵語の幻影が見えました。ゴール前には大勢のお年寄りや子供の姿が見えたのですが、それらも幻影だったのです」マラソンの苦痛は喜びのプロセスでもあるのだ。

こうした極限の経験から、彼は88歳の母親を玉山登山に連れて行き、また母親は90歳の時に台北マラソンに参加し、ニュースになった。

こうして世界各地のウルトラマラソンに参加した呉宏達は、帰国後に故郷でマラソンを開催することにした。「故郷を走ると、こじんまりとした良さと温もりを感じます」と言う。「一年を通して緑の山がこれほどたくさんある国は他にはありません。自分の足でこの道を走れば谷底の石もきれいに見え、ひとつ角を曲がるとまた別の景色が広がり、何度走っても感動します」と言う。

南横霧鹿ウルトラマラソンのコースからは台湾百岳の数々が一望できる。（傅祺育提供）

マラソンで国際交流

「100キロのウルトラマラソンに誤魔化しはききません。毎週少なくとも100キロ走る練習が必要になります」と語る傅祺育は、マラソンに関する数々の名言を語っている。「奇跡はなく、蓄積あるのみ」「状態が良ければすべては風景となり、状況が悪ければ道も平らではなくなる」「続けるより、あきらめることに知恵が求められる」まさに普段から準備をし、レース前には訓練が必要なのである。

南横霧鹿ウルトラマラソンで5年連続100キロ部門の1位に輝いた梁文栄は、路上の修行者と呼ばれている。傅祺育は「彼には精神的素質がある」と言う。年に一度の南横霧鹿ウルトラマラソンに参加するために、日頃から食事や生活習慣に気を付け、練習も自律的、規則的に行なっているのである。

しかし、第6回以降は優勝者が変わった。そのきっかけとなったのは2016年の一通の電子メールだった。「日本の丹後100キロウルトラマラソン」から国際親善大会として提携することが提案されたのである。マラソンの歴史が百年になる日本には、南横霧鹿ウルトラマラソンを走るだけの実力のある選手が多数おり、その年は男女ともに日本人が優勝を勝ち取った。今も毎年双方から参加者があり、国際交流が続いている。

傅祺育は、南横マラソンを故郷だけのものではなく、世界中のランナーが台東に集まる大会にしたいと考えている。

今までと違う人生を体験したければ、マラソンをやってみてはどうだろう。峡谷マラソンのコースから見る風景の美しさは格別だ。

「大山大水が大人物を歓迎する」南横鹿霧ウルトラマラソン。（傅祺育提供）

マラソンでは、ランナーのあきらめない精神と己にチャレンジする強さが試される。（傅祺育提供）

南横霧鹿ウルトラマラソンは関山の田園風景からスタートする。